四季を遊ぶ
【第四十四回】「涼」
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風鈴

 「遊ぶ」という言葉の本来の意味は、興の向くままに楽しむことだといいます。ですから、音楽や舞などを演じたり観賞したりすることも「遊ぶ」といいました。英語のPLAYと似ていますね。
 昔の人々は、四季折々に自然と一体になって遊んだようです。そんな風流な遊び心を思い出してみませんか。見なれた景色が豊かな輝きを放ち出すかもしれませんよ。

【夕涼み(ゆうすずみ)】

 八月七日は立秋です。しかも、二十四節気をさらに三つに分けた七十二候も「涼風至(すずかぜいたる)」となっています。暑さが厳しさを増すこの時期、秋だの涼風だの、とんでもないと思われる方も多いのではないでしょうか。
 ですが、旧暦も二十四節気七十二候も、古代中国の黄河中下流域で生まれたものです。それをそのまま用いているのですから、ずれがあるのも当然ですね。
 ところが日本の歳時記では、「涼風」は「涼し」などとともに、なんと夏の季語になっています。
 たしかに、夕涼みは夏にするものですね。私が子供の頃でも、夕方になると、隣近所の人たちが何をするともなく家の外に出てきて涼んでいました。その光景が懐かしく思い出されます。
 昔はエアコンもなく、その分、日が暮れるとひんやりとした風が吹いたのかもしれません。また、土の地面が多く、熱気が冷めやすかったのでしょう。夕涼みのための縁台などもしつらえてあったりして、団扇片手にしばらく世間話をする時間でもあったようです。
 これなど、門(かど)涼みともいったのでしょう。ほかにも、土手涼み、橋涼み、屋根涼み……。さまざまな場所で涼んでいたようです。少しでも心地よい風が吹く場所を探している人々の姿が目に浮かびます。ここでも、行き交う人々が、ちょっとした言葉をかわし合ったことでしょう。
 のんびりした時代の、のどかな風習は、ささやかな人と人の絆をはぐくむ習慣でもあったのでしょうね。


【招涼の珠(しょうりょうのたま)】

 紀元前の中国にあった燕(えん)という国の昭王(しょうおう)は、「招涼の珠」と呼ばれる不思議な珠を持っていたそうです。黒い蛤が産する、千年に一度しかとれない貴重な珠で、ふところに抱けば、どんな酷暑でもたちまち涼しさを覚えるのだとか。
 日本では「涼しさ招く珠」と読み下され、歌などに詠われました。それらを見てみると、岩から湧き出る水の中にあると感じたり、滝の水しぶきを招涼の珠に見立てたりしていたようです。

  〜月やどる岩井の水を結ぶ手に すずしさまねく玉ぞこもれる〜(源仲綱)

 「ふところに抱けば涼しさを覚える」ということから推察すると、もしかしたら心の持ちようをいったのかもしれませんね。
 それにしても、招涼の珠どころか、スイッチひとつで涼しくなれる文明の利器を得た現代人。ところが、地球の温暖化は深刻になる一方です。
 つい安易に、自分だけの招涼の珠を求めてしまいますが、これからは、みんなで、地球にとっての招涼の珠を見つけていかなければならない時代なのかもしれませんね。


【新涼(しんりょう)】

 秋になって初めて感じる涼しさを、「新涼」とか「初涼」といいます。夏から秋へ、空気が入れ替わったように感じる瞬間がありませんか。きっと、夏の間、わずかな涼をとらえようとしながら過ごしていると、新涼にもいち早く気づけるのでしょう。
 夏の季語の中には、「月涼し」「鐘涼し」「影涼し」「燈(ひ)涼し」というのまであります。言われてみると、なるほどとうなずける素敵な感性です。それにしても、五感で涼しさを感じようとしていたということですね。
 夏と秋で「涼」が違うというのですから、これらの「涼し」にも本当は、変わり目があるのでしょう。ある日、ふと感じられる新鮮な変化。これも、秋から夏へ移り行く時期の楽しみといえるかもしれません。
 さて、「涼しい」という言葉は、気候以外の、状態や心情、態度にも用いられてきました。「目元が涼しい」といえば、目元が澄みきっていることですね。
 ほかにも、「心涼しい」「言葉涼しい」などともいったようですし、「知った同士は涼しい」「思う仲は涼しい」ということわざもあります。どれも、わだかまりのないすがすがしい気持ちよさをあらわしたものです。
 心や態度の涼しさの場合は、季節に関係なく、いつも感じていたいものですね。ややもすれば、心が曇るようなニュースが多いこの頃。一服の清涼剤ともいえるような新涼が、みなさんの心の中を吹き抜けますように……。


山下 景子さん

〜PROFILE〜

(やましたけいこ)
兵庫県神戸市生まれ。 現在、神戸市在住。武庫川女子短期大学国文科卒業後、作詞家を目指し、 数々の賞を受賞する。
作詞のために集めた美しい言葉の切れ端を、メールマガジン「センスを磨き、幸せを呼ぶ〜夢の言の葉〜」で発行中。
初めての著書『美人の日本語』(幻冬舎)は、26万部を超えるベストセラーに。
その他の著書に『しあわせの言の葉』(宝島社)、『暦を楽しむ美人のことば』(角川ソフィア文庫)等がある。
最新刊は、『オトメの和歌』(明治書院)。

【ホームページ「〜夢の言の葉〜」】
http://yumenokotonoha.com/